結論から言おう。退職代行サービスは2017年頃に事業として本格的に登場し、2018年のメディア露出で一気に社会に浸透した、まだ歴史10年に満たない若い業界だ。
日本初とされる退職代行会社は2017年創業の「EXIT」であり、その後2022年参入の「退職代行モームリ」(運営:アルバトロス社)などが労働組合と連携しながら急成長を遂げている。
利用者数については、後述の通り公的統計は存在せず、複数の業界関係者やメディア報道をもとにした推計値になるが、黎明期の年間数千人規模から2024年以降は年間10万人以上という規模にまで拡大したとされる。
この記事では、なぜ「辞めたいのに辞められない」という日本特有の悩みからこのビジネスが生まれ、どこまで市場が広がり、これからどうなっていくのかを、時系列で整理して解説する。
なお本記事内の年次データについては、確認できる一次資料(東京商工リサーチの調査など)と、業界関係者への取材やメディア報道をもとにした筆者独自の推計値とを明確に区別して記載していく。
退職代行サービスはいつからある?EXIT誕生の経緯とは
退職代行サービスが事業として本格的に立ち上がったのは2017年頃だ。
それ以前にも、弁護士が依頼を受けて退職の意思を会社に伝える「退職支援」自体は存在していた。
だが弁護士費用は数万円〜数十万円と高額で、しかも法的トラブルを抱えたケースが中心だった。
「言い出せないから代わりに伝えてほしい」という、もっと一般的なニーズに応えるものではなかったのだ。
そこに登場したのが、退職の意思を伝えるという行為だけをシンプルに、低価格で提供する事業者だった。
日本初の退職代行会社として知られる「EXIT」は2018年創業とする資料もあれば2017年創業とする資料もある。
いずれにせよ2017〜2018年にかけて、この新しい市場が切り開かれたことは間違いない。
なぜこのタイミングだったのか。
筆者としては、単なる偶然ではなく複数の社会的要因が重なった必然だったと見ている。
- 2015年の電通過労自殺事件をきっかけに「労働者の権利」への社会的関心が高まっていたこと
- 2017年前後、働き方改革関連法案の議論が活発化し、長時間労働やブラック企業問題が大きく注目されていたこと
- LINEやSNSの普及により、非対面でサービスを提供する土壌が整っていたこと
この3つが重なったからこそ、「退職の意思を伝える」というシンプルな代行ビジネスが受け入れられる土壌が一気に整ったのだと考えられる。
初期の価格帯は3〜5万円程度が主流だったとされる(※この価格帯も複数の業界紹介記事に基づく目安であり、公的な調査結果ではない)。
対応方法は電話で退職の意思を会社に伝えるのが中心だった。
認知度はまだSNSでの口コミが中心で、テレビや新聞での報道はほとんどなかった時期でもある。
実際、当時は「自分で辞めることもできないのか」という批判的な声も少なくなかった。
退職代行はなぜ日本で独自発展したのか
退職代行のような「退職意思の伝達から実務手続きまでを一括代行する」パッケージ型サービスが、これほど一般化している国は世界的に見ても珍しい。
海外では退職の意思は本人が直接伝えるのが一般的だとされる。
労働弁護士やコンサルタントが法的アドバイスを行うことはあっても、日本のような定額の代行サービスはほとんど存在しないと指摘する識者は多い。
ただし、この点について網羅的な国際比較調査が存在するわけではなく、あくまで労働事情に詳しい関係者の見解として受け止めてほしい。
欧米では退職の権利が法律で明確に保障されており、企業側が強引に引き止めること自体が難しいため、退職の意思表示がシンプルに処理される傾向があるとされる。
一方、日本の企業社会には「終身雇用」「年功序列」「会社への忠誠心」といった価値観が長く根強く残ってきた。
退職を申し出ること自体が上司や同僚への裏切りと見なされやすい空気があった。
対面での人間関係を重んじる文化の中で、退職の意思を伝えるだけでも大きな心理的負担になるケースが少なくなかったのだ。
筆者の見立てとしては、これは「日本人だけが特殊」という話ではない。
パワーハラスメントや過度な引き止めといった構造的な問題を解決する手段として、最も早くビジネス化・制度化が進んだのが日本だった、という理解が正確だと考えている。
退職代行サービスはいつ流行った?メディア露出と急成長の時期
退職代行が社会的なブームとして目に見える形で広がったのは、2018年前後だ。
2018年、テレビの情報番組やワイドショーが相次いで退職代行を特集したことで、一般消費者の認知度が急上昇したと報じられている。
時期ごとの業界の動きを整理すると、次のようになる(※下表の「影響」欄はメディア報道等をもとにした傾向の整理であり、数値は含めていない)。
| 時期 | 主な出来事 | 影響 |
|---|---|---|
| 2018年前半 | テレビ各局で特集が相次ぐ | 認知度が急上昇 |
| 2018年後半 | 新規参入業者が急増、数十社が乱立 | 価格競争が始まり2〜3万円台に低下したとされる |
| 2019年前半 | 非弁行為の疑いで問題視される業者が出始める | 「弁護士監修」「労働組合型」の差別化が進む |
| 2019年後半 | 利用者が年間推計5万人規模に達したとされる | 社会的に一定の市民権を得る |

急成長の裏では、弁護士法72条(非弁行為の禁止)との関係が大きな論点として浮上した。
この点は業界構造を理解するうえで重要なので、章を分けて詳しく見ていきたい。
弁護士法72条と非弁行為とは?退職代行の法的グレーゾーン
退職代行における最大の法的論点、それが弁護士法72条(非弁行為の禁止)との関係だ。
退職の「意思を伝える」だけなら法的に問題はない。
だが未払い賃金の請求や有給消化の交渉、退職条件の交渉といった法的な「交渉」を、弁護士資格なしに行うことは非弁行為として違法になり得る。
この境界線を曖昧にしたまま営業する業者が問題視されたのが、2019年前後の業界の大きな転換点だった。
そのため現在の業界では、「意思伝達のみを行う民間企業型」「労働組合として団体交渉権を持つ労働組合型」「弁護士資格を持つ弁護士型」という3タイプへの分化が進んだ。
筆者としては、この非弁行為をめぐる緊張関係こそが、退職代行業界を単なる「便利屋」から「法的な線引きを意識したサービス業」へと押し上げた最大の要因だったと考えている。
コロナ禍が退職代行サービスに与えた影響とは
2020年のコロナ禍は、退職代行業界のあり方そのものを変えた出来事だったと言える。
テレワークの普及により「出社して退職届を出す」という前提そのものが崩れた。
メールや郵送による非対面での退職手続きが、この時期に一気に一般化した。
同時に、雇用不安から「辞めたくても辞められない」人が増える動きもあった。
その一方で、エッセンシャルワーカーの過重労働で退職需要そのものは高まるという、相反する動きが同時に起きていたのだ。
業界関係者の推計によれば、2020年の利用者数は約4万人と一時的に減少したとされる。
これはコロナ禍による雇用不安が影響したと考えられる。
しかし2021年〜2023年には年間約6〜8万人という安定成長期に入り、その後2024年以降は年間推定10万人以上という規模にまで拡大したとされる。
以下の年次推移は、いずれも公式統計ではなく、業界関係者の発信や複数のメディア報道をもとにした筆者独自の推計値である点を改めてお断りしておきたい。
- 2017年:数千人規模(サービス黎明期)
- 2018年:約3万人規模(メディア露出で認知度急上昇)
- 2019年:約5万人規模(新規参入業者の増加)
- 2020年:約4万人規模(コロナ禍で一時的に減少)
- 2021年〜2023年:約6〜8万人規模/年(安定成長期)
- 2024年〜:約10万人以上規模/年(社会インフラとして定着)
正確な母数を示す公的統計が存在しない以上、この数字はあくまで市場の「大まかな伸び幅」を把握するための目安として捉えてほしい。
その前提を踏まえた上でなお、退職代行はもはや一時的なブームではないと言えるだろう。
雇用環境の変化とともに規模を拡大し続ける「社会インフラ」の一つになりつつあると評価してよいのではないか。
EXIT・モームリの運営動向|市場を牽引する2社の違い
現在の退職代行業界は、運営主体によって大きく3つのタイプに分かれている。
- 民間企業型:退職意思の伝達や書類の受け渡し連絡が中心。料金は2〜3万円前後
- 労働組合型:意思伝達に加え、有給消化や書類などの交渉が可能。料金は2.5〜3万円前後
- 弁護士型:未払い賃金請求や損害賠償対応など、交渉全般に対応可能。料金は5〜10万円程度
市場を牽引してきた構図にも大きな変化が起きている。
2017年創業の元祖であるEXITに対し、2022年参入の後発組である退職代行モームリ(運営:アルバトロス社)は、労働組合と連携することで交渉力を持たせつつ価格も抑え、急成長を遂げた。
一部のビジネスメディアでは、後発であるモームリの売上や相談件数がEXITに匹敵する、あるいは上回る勢いを見せているといった報道も見られる。
ただし両社の会員数や売上の具体的な数値を直接比較できる公開資料は限られており、どの報道・時点の情報かによって数値が異なる点には注意が必要だ。
この点は今後、両社からの正式な情報開示が待たれるところだと筆者は考えている。
また東京商工リサーチが2024年6月に企業5,149社を対象に行ったアンケート調査では、全体の約9%の企業が退職代行サービスを利用した退職手続きの依頼を受けたことがあると回答している。
これは業界推計ではなく、実際の調査機関が公表した一次データであり、本記事の中でもっとも信頼性の高い数値の一つだ。
この数字は、退職代行がもはや一部の特殊な事例ではなく、多くの企業が実務として向き合わざるを得ない存在になっていることを示している。
退職代行は商標登録できる?知的財産の観点から見る業界構造
ここで、あまり語られることのない視点を一つ加えておきたい。
市場が拡大する過程で、退職代行というビジネスモデルそのものを「知的財産」で守ろうとする動きがあったかどうかも、業界構造を理解するうえで見逃せないポイントだ。
実は「退職代行」という言葉自体は、すでに一般名称として広く定着してしまっているため、特定の一社が商標として独占登録することは難しいとされている。
また「電話で退職の意思を伝える」という業務フローそのものも、技術的な仕組みを伴わない限り特許化は困難だ。
つまり先駆者であるEXITは、知的財産権による参入障壁を築くことができないまま、価格競争と品質競争にさらされる市場構造の中で戦わざるを得なかったということになる。
これが、後発のモームリのような労働組合連携型のサービスが急速にシェアを伸ばせた土壌の一つだったと筆者は分析している。

言い換えれば、退職代行業界は「アイデアの独占」ではなく「実行力とスピード」で勝負が決まる市場だったのではないか、というのが筆者の率直な評価だ。
退職代行サービスは今後どうなる?法整備と淘汰の展望
ここからは、記者としての私見を交えた考察を書いておきたい。
まず法整備の可能性について。
退職代行に特化した法律は現時点では存在しない。
だが消費者保護の観点から、何らかの規制やガイドラインが整備される可能性は十分にあると筆者は考えている。
特に非弁行為の境界線をより明確にする動きや、悪質業者を排除するための業界自主規制の動きは、遠くない将来に本格化するのではないか。
次に、サービスの質による淘汰が進むという見通しだ。
価格帯はすでに低価格帯(1〜2万円)と弁護士型の高価格帯(5〜10万円)に二極化していると見られる。
単純な価格競争だけでは生き残れない時代に入りつつあると言えるだろう。
今後は「退職が確実に成立するか」「退職後のサポートがあるか」「トラブル時の対応力」といった要素が、事業者選びの決め手になっていくだろうと筆者は見ている。
利用者層の拡大も見逃せない変化だ。
かつては20代中心だった利用者層が、いまや管理職や経営幹部を含む全年代に広がっているとされる。
40代が退職代行を使う理由は20代とは異なり、「部下や会社に迷惑をかけたくない」という管理職特有の心理的葛藤が背景にあるケースが多いとされる。
これは、退職代行がもはや「若手が甘えて使うサービス」という一面的な見方では捉えきれない存在になっていることを物語っている。
社会的な受け止め方についても触れておきたい。
「退職代行を使うのは甘え」という批判的な声は年々減少しているとされる。
一方で、感情的な批判が向けられることも依然としてある。
だが実務的には、退職代行は無断欠勤や連絡不通を伴う「バックレ」とは明確に異なる。
正式に退職の意思を伝達し、書類や備品返却などのプロセスを進める役割を果たす点で、むしろ職場の混乱を抑える仕組みとして機能している側面がある、というのが筆者の率直な評価だ。
企業側の変化も加速している。
退職代行からの連絡に慣れた企業が増え、以前よりスムーズに手続きが進むケースが増加しているとされる。
これは、退職代行が一過性の流行ではなく、雇用の現場に根を張ったインフラとして定着しつつあることの表れだと個人的には感じている。
まとめ:退職代行サービスの歴史が示す日本の労働環境の変化
退職代行サービスは2017年頃の誕生から、2018年のメディア露出による急成長、2020年のコロナ禍による働き方の変化、そして2022年以降の労働組合連携型サービスの台頭を経て、成熟期に入っている。
業界推計によれば利用者数は黎明期の数千人規模から、2024年以降は年間10万人以上へと拡大したとされるが、これらはあくまで業界関係者の見立てに基づく目安の数字だ。
一方、東京商工リサーチの企業アンケートでは約9%が退職代行からの依頼を受けた経験があると回答するなど、公的な調査からも社会インフラとしての定着が裏付けられている。
「辞めたいのに辞められない」という問題が日本の労働環境から解消されない限り、退職代行サービスへの需要がなくなることはないだろう。
今後は法整備とサービスの質による淘汰が進み、業界はさらに一段階、成熟したフェーズへと移行していくと考えられる。
よくある質問
退職代行サービスはいつから存在しますか?
事業として本格的に始まったのは2017年頃で、日本初とされる「EXIT」が先駆けとなった。
EXITと退職代行モームリの違いは何ですか?
EXITは2017年創業の民間企業型が起点であり、モームリは2022年参入で労働組合と連携し交渉対応も行える点が特徴とされる。
退職代行を使う人は今後も増えますか?
「辞めたいのに辞められない」という日本特有の悩みが解消されない限り、需要は今後も一定水準で続くと筆者は見ている。


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