退職代行サービスを使われた会社側の実務対応マニュアル

オフィスの電話が鳴り、困惑する人事担当者と冷静に書類を整理する上司のシーン 人事労務

ある日突然、会社に見知らぬ番号から電話が入り「御社の〇〇様の退職代行を担当しております」と告げられる。

そんな経験をした人事担当者は、今や決して少なくありません。

結論から言えば、退職代行を使われた会社がまずやるべきことは「感情的に拒否しない」「業者の身元を確認する」「雇用形態と退職代行の運営元に応じて対応を切り替える」の3つです。

この記事では、退職代行を使われた会社側が踏むべき実務対応の手順と、法律上の注意点を整理してお伝えします。

退職代行とは?会社側がまず理解すべき基本

退職代行とは、従業員本人に代わって会社に退職の意向を伝えるサービスです。

法律上の明確な定義はありませんが、近年は「上司が高圧的で言い出しにくい」「退職を申し出ても引き止められそう」といった理由から利用する若手社員が急増しています。

会社にとって重要なのは、退職代行には性質の異なる3つの運営形態があるという事実です。

  • 弁護士事務所:退職の意思伝達に加え、有給消化や退職金、未払い賃金などの条件交渉、裁判になった場合の代理人業務まで可能
  • 退職代行ユニオン(労働組合):会社との団体交渉権を持ち、退職日や未払い賃金の交渉は可能だが、裁判での代理人にはなれない
  • 民間の退職代行サービス業者:できるのは「本人に代わって退職の意向を伝えること」のみ。条件交渉は一切できない

この違いを理解しないまま対応すると、後述する「非弁行為」の問題に会社側が巻き込まれるリスクがあります。

個人的には、この3形態の違いを知っているかどうかで、その後の対応スピードとトラブルの有無が大きく変わると考えています。


なぜ退職代行を使われるのか?急増の背景

退職代行サービスの需要は年々拡大しており、GW中には1社あたり150件もの依頼が届いたという業界の報告もあります。

かつては20代の若手が中心とされていましたが、現在は幅広い世代に利用が広がっているのが実情です。

背景にあるのは、パワハラの増加や社員間のコミュニケーション不足といった労働環境の変化です。

「上司に退職を切り出せない」「退職を口にするたびに引き止められる」といった心理的な負担が、第三者への依頼という選択につながっています。

筆者としては、これは単なる「若者の甘え」ではなく、職場のコミュニケーション構造そのものが変化しているサインだと捉えるべきだと考えます。


退職代行の申し入れを会社は拒否できるのか?

結論として、原則として会社は退職の申し入れを拒否できません。

民法627条1項では、雇用期間の定めがない従業員(正社員など)は、いつでも退職の申し入れができ、申し入れから2週間が経過すれば労働契約は終了すると定められています。

会社が「認めない」といくら主張しても、法律上は従業員の意思が優先されるのが基本ルールです。

一方で、雇用期間があらかじめ定められている「有期雇用労働者」の場合は事情が異なります。

原則として契約期間の満了までは退職できませんが、民法628条により、病気や妊娠・出産、家族の介護、あるいはパワハラ・賃金未払いなど「やむを得ない事由」があれば、有期雇用でも即日の契約解除が認められています。

つまり会社側は、退職代行から連絡を受けた時点で、まず対象社員が「無期雇用」なのか「有期雇用」なのかを必ず確認する必要があるということです。


退職代行を使われた会社が取るべき6つの対応ステップ

※画像はAIによるイメージ

複数の専門家の解説を整理すると、退職代行を使われた際に会社側が取るべき実務対応は、おおむね次の6ステップに集約されます。

  • ①退職代行業者の身元確認:弁護士事務所か、労働組合(ユニオン)か、民間業者かを確認する。名称・氏名を聞き取り、必要であれば会社側から折り返し連絡して実在性を確かめる
  • ②従業員本人への意思確認:委任状や本人の身分証明書の提示を業者に求める。第三者による嫌がらせ目的の可能性もゼロではないため、本人の意思確認は重要な手続きとなる
  • ③雇用形態の確認:無期雇用か有期雇用かで、退職を拒否できるかどうかが変わる
  • ④回答書・退職届の準備:会社が適切に対応していることの証拠として、回答はメールや書面で残す。退職日は確約せず「引き継ぎの進捗により調整することがある」旨を明記しておくと安全
  • ⑤貸与品の返却依頼:パソコン、社員証、鍵、制服などをリスト化し、宅配便での返送を依頼する。配送料は従業員負担としても問題ないとされている
  • ⑥退職届の受理と手続き完了:書式の不備がないか確認し、受理後は社会保険や税金の手続きを進める

この6ステップのうち、特に①と③を飛ばして感情的に反発してしまう会社が少なくありません。

これは非常にもったいないことで、順序立てて対応すれば、退職代行案件は実務上さほど複雑なものではないというのが筆者の実感です。


民間業者との「交渉」は絶対に避けるべき理由

会社側が最も注意すべきなのが、民間の退職代行業者から条件交渉を持ちかけられた場合の対応です。

弁護士資格を持たない者が、報酬を得て退職日の調整や有給消化、退職金の交渉といった「法律事務」を行うことは、弁護士法72条が禁じる「非弁行為」に該当します。

これは業者側が罪に問われる話であると同時に、非弁行為によって進められた手続きそのものが無効になるリスクを会社側も抱えることになります。

したがって、民間業者から交渉を持ちかけられた場合、会社は「非弁行為にあたるため、条件交渉には応じられない」と明確に伝え、応じる必要はありません。

一方で、弁護士事務所やユニオン(労働組合)からの連絡であれば話は別です。

弁護士は従業員本人の正式な代理人として交渉する権利を持っており、これを会社が拒否したり無視したりすると、逆に不法行為とみなされるおそれがあります。

ユニオンについても団体交渉権が認められているため、誠実に対応する義務が会社側に生じます。


有給休暇の消化は原則拒否できない

退職代行経由で有給休暇の消化を希望された場合、会社は基本的にこれに応じなければなりません。

有給休暇は労働者の正当な権利であり、これを無視した対応は労働基準法違反となる可能性があります。

実際、退職代行業者側の対応事例を見ても、有休消化の希望を勤務先に伝え、残日数と合わせて退職日を確認するという流れが一般的な手順として定着しています。

ただし、退職日を超えた分の有給の買取りを求められた場合、これに応じるかどうかは会社の判断に委ねられています。

このあたりの線引きを正確に理解しておくことは、無用なトラブルを避けるうえで欠かせません。


懲戒解雇や損害賠償請求は認められるのか

退職代行を使われたことに対する会社側の感情的な反応として、「懲戒解雇にできないか」「損害賠償を請求できないか」という声が出ることがあります。

しかし、退職代行の利用そのものを理由に損害賠償を請求することは、通常は認められません。

労働者には「退職の自由」があり、会社が損害の発生と因果関係を裁判で立証するハードルは極めて高いためです。

一方で、引き継ぎを求めたにもかかわらず本人が無断欠勤を続けたなど、勤怠不良や義務違反が別途認められる場合には、懲戒処分の対象となる余地があります。

退職理由がパワハラや賃金未払いなど会社側に起因するものであれば、逆に「会社都合退職」として扱われ、会社側が責任を問われる可能性がある点にも注意が必要です。


実際にあった裁判例から見る非弁行為の境界線

退職代行と非弁行為の関係を考えるうえで参考になるのが、東京地方裁判所で令和2年2月3日に判決が出た事案です。

この事案では、退職代行業者に依頼した従業員が、会社側から「雇用契約ではなく業務委託契約である」との回答を受けたことをきっかけに、業者が代行業務の継続を中止したという経緯がありました。

依頼者は結局、業者を通さず自力で退職に至り、その後「この退職代行は非弁行為にあたる」として報酬の返還と慰謝料を求めて提訴しています。

裁判所は、単に法的な紛議が生じる抽象的な可能性があるだけでは非弁行為には該当せず、紛議の発生がほぼ避けられないといえるだけの具体的な事実関係が必要だと判断しました。

そのうえで、この業者は会社側の反論をきっかけに交渉行為を打ち切っていたことなどから、非弁行為には該当しないと結論づけています。

この判例が示唆するのは、会社側が契約形態などについて法的な主張を明確に行うことで、民間業者が「これ以上は対応できない」と自ら手を引かざるを得なくなる場面があるということです。

筆者としては、これは会社側にとって覚えておく価値のある実務上のヒントだと考えています。感情的に拒絶するのではなく、法的な事実関係を淡々と提示することが、結果的に非弁行為の業者を退ける有効な手段になり得るのです。


退職代行を使われないために会社ができること

※画像はAIによるイメージ

退職代行を使われるということは、その従業員と会社との間に、直接話し合える信頼関係が築けていなかったことの表れでもあります。

考えられる主な背景としては、次のようなものが挙げられます。

  • 慢性的な人手不足や長時間労働、日常的なハラスメントによって「辞めたくても言い出せない」状態に追い込まれていた
  • 業務の属人化が進み、上司や人事担当から強い引き止めを受けていた
  • 職場の人間関係にストレスを抱え、自分から言い出すことができなかった
  • 有給休暇や未払い賃金があり、自分で交渉するのが難しいと感じていた

会社側にできる対策としては、匿名アンケートの実施や社外相談窓口の設置など、従業員が安心して声を上げられる仕組みづくりが挙げられます。

退職代行を使われたことを個人の問題として片づけるのではなく、組織全体の課題として捉え直す姿勢が、次の離職を防ぐ第一歩になるはずです。


考察:退職代行の増加は企業側への「静かな警告」である

ここからは筆者個人の見解を述べます。

退職代行サービスがここまで社会に定着した背景には、単なる「便利なサービスの登場」以上の意味があると私は考えています。

かつては「石の上にも三年」「辞めるなら直接言うのが筋」という価値観が根強く残っていました。

しかし労働市場の流動化が進み、若い世代を中心に「無理に我慢する必要はない」という価値観へのシフトが加速しています。

この流れの中で、会社が退職代行の連絡に対して感情的に反発したり、無視を決め込んだりする対応は、もはや通用しません。

連絡を無視したところで、法律上は原則2週間で退職が成立してしまいます。むしろ無視を続ければ、離職票の発行や失業保険の支給が遅れ、労働基準監督署から指導を受けるリスクすら生じます。

つまり会社にとって合理的な選択肢は、感情を脇に置き、実務手続きを淡々と、かつ迅速に進めることに尽きます。

今後の見通しとして、退職代行サービスの利用はさらに一般化し、企業側にも「退職代行対応マニュアル」の整備が標準的な労務管理の一部として求められるようになっていくと筆者は予測しています。

弁護士やユニオンが相手であれば誠実な交渉を、民間業者が相手であれば非弁行為の一線を明確に示す。この使い分けができる体制を平時から整えておくことこそ、これからの人事労務担当者に求められる実務スキルだと言えるでしょう。

同時に、退職代行を「使われる会社」ではなく「使われにくい会社」を目指すという発想の転換も欠かせません。従業員が安心して本音を話せる職場づくりこそが、最も根本的なリスク対策になるはずです。


まとめ

退職代行を使われた会社が取るべき対応は、業者の身元確認、本人の意思確認、雇用形態の確認という初期対応を丁寧に踏むことに尽きます。

民間業者からの条件交渉には応じず、非弁行為の観点から一線を引く一方、有給消化の希望には誠実に応じる必要があります。

懲戒解雇や損害賠償請求は簡単には認められず、感情的な対応や連絡の無視はかえって会社側のリスクを高めます。

退職代行の増加を組織課題として受け止め、平時からの信頼関係づくりに取り組むことが、長期的には最も有効な対策となるはずです。


よくある質問

退職代行から連絡が来たら、まず何をすべきですか?

まず業者の身元(弁護士事務所・労働組合・民間業者のいずれか)を確認し、委任状や本人確認書類の提示を求めることが最初のステップです。

民間の退職代行業者と有給消化や退職日の交渉をしてもいいですか?

民間業者は条件交渉を行う権限を持たないため、交渉に応じる必要はありません。これに応じると非弁行為に加担したとみなされるリスクがあります。

退職代行を使われたことを理由に懲戒解雇にできますか?

退職代行の利用そのものは懲戒解雇の理由にはなりません。ただし、引き継ぎ命令を無視した無断欠勤など、別の勤怠不良があれば検討の余地があります。

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